OPINION

対話を通じて社会に貢献できる投資家に

統合レポート/アニュアルレポートはどのように活用されているのか?またどのように作成すべきなのか?こちらでは、実際に投資の世界で活躍されている方や、コーポレートレポーティング(企業報告)に関する有識者などに意見を伺い、その内容をご紹介していきます。
第3回は、前回に引き続きスパークス・アセット・マネジメント株式会社の清水裕さんにご登場いただきました。スチュワードシップコードやエンゲージメントについて、お話しを伺います。

清水 裕さん
清水 裕 シミズ ユウ

スパークス・アセット・マネジメント株式会社
運用調査部 ファンドマネージャー 兼 CSR・CSV担当
1975年生まれ。1998年慶応義塾大学法学部卒業後、大手証券会社、大手金融機関系資産運用会社を経て、2005年6月スパークス・アセット・マネジメント入社。中小型株アナリスト、中国留学を経て2012年1月より現職。「事業家の志と投資家の思いをつなぐ」というセルフミッションを設定し、今までに1600社以上の上場企業に調査取材を実施。投資基準として「社会性と経済性の両立」を重視する。現在、スパークス・ジャパン・エクイティ・ファンド(愛称:ビッグウェイブ21)(http://www.sparx.co.jp/mutual/bw21.html を参照)を運用。中長期的に高い成長が予想される日本の産業、企業にフォーカスし、個別企業に対する訪問調査をベースに一社一社選別し、積極的な運用を行っている。

エンゲージメントの考え方が一転

御社では、近頃「スパークス・日本株式スチュワードシップ・ファンド」を立ち上げられましたが、
日本版スチュワードシップ・コード導入による変化をどのように捉えていますか?

「スパークス・日本株式スチュワードシップ・ファンド」は「目的を持った対話」(エンゲージメント)をベースにしたものです。(詳細は、http://www.sparx.co.jp/mutual/stw.htmlへ)ただ、このエンゲージメントというのは、ご存知の通り別に新しい概念ではなくて、日本版スチュワードシップ・コード導入以前から取り組んでいる投資家はいました。
では、「何が変化したのか」というと、エンゲージメントの位置付けではないかと思っています。機関投資家はファンドのパフォーマンスを良くすることに責任を負うべきとされていますが、従来は手段についてはあまり問われていなかったんですね。また、対話型の投資家は企業から「めんどくさい人々」という扱いもされるので、前向きにエンゲージメントをするという機関投資家は少なかった。それが一転、エンゲージメントを通じて企業価値向上に貢献することが機関投資家の責任の範囲に入ってくるようになった。このような考え方の転換をもたらしたことが、一番大きいのではないでしょうか。

清水 裕さん
企業調査の方法にも変化はありましたか?

調査方法そのものというよりも、「どの企業を対象とするのか」という点で、少し意識が変わりました。
これまでは、経営もしっかりしているし、財務もしっかりしている、というあんまり文句をつけることができない企業を対象としていました。そして、前回お話ししたように、S(社会性)の部分に着目したりして、自分が「良い会社」だと判断したところに投資する、という流れでした。
それがエンゲージメントを前提とすると、「対話を通じて、私たちが貢献できるような会社」が対象となります。ざっくりいえば、「優良企業」と「そうではない企業」とに分けたときに、そうではない企業にもアプローチ対象が広がったということです。

投資そのものの意味合いも変わってきますね。

そうですね。そもそも私は、「資金を社会にとって良いことに使う会社に投資することがファンドの長期的なリターンにも結びつく」という考えをもっているので、いわゆる優良企業を選別して投資をして、あとは企業の事業活動を見守るのが基本スタンスになります。一方で、「投資家とうまくコミュニケーションをとれていない会社」とか「投資家目線での企業価値向上のアイデアが不足している会社」と私たちが対話することによって、その会社の行動をプラスに変えるという形のアプローチもあるわけです。そのような能動的な取り組みをうまく行うことができるのであれば、投資による社会への貢献度はグッとあがります。

具体的にはどのような対話を行っているのですか?

あまり具体的なケースはお伝えできないのですが、例えばキャッシュを単純に積み上げて、それを活用できていない会社さんに対して、「財務のバランスを見直した方がいいんじゃないですか?」というような意見を述べることがあります。ステークホルダー間の利害バランスが歪んでいると長期的な成長に支障をきたす可能性があるので、株主への配慮も必要だということを伝えるわけです。逆に、利益追求ばかりの会社には、「CSRでは、どんな活動をしているんですか?」って、聞いたりします。普段そのようなことを聞かれていない会社さんだと、「えっ!」という感じで驚かれることもありますが(笑)
そして、答えられないIR担当者の方が結構いらっしゃるんですよね。例えば、事前にホームページをチェックしているときに感銘を受けたCSR関連のコンテンツについて、IR担当者に聞いたことがあるんです。でも、その存在すらも知らなくて・・・。そのときは、「あんなに良いコンテンツがあるんだから、読んだ方がいいですよ。四半期毎の数値を細かく説明するよりも、そういう会社の経営姿勢に関わることを説明してくれる方が私たちのような投資家に響きますよ」と伝えました。

清水 裕さん
「CSR的なことは投資家には響かないし、
投資家から聞かれることもない」とよくいわれますが。

もちろん、響かない投資家には響かないでしょうね。でも、企業側が伝え続けることで、その意義を投資家が感じとるようになることもあると思うんです。また、IR担当者は「特に投資家から聞かれることもないので」という意識が強いですが、実際のところは「聞きたい気持ちもあるけど、聞けてない」場合もあるんじゃないかと考えています。
1時間のミーティングで財務数値の話を一つひとつ聞いていくと50分くらい使っちゃって、あとは「最近何かありました?」みたいな話で終わってしまうことがよくあるんですね。そして、CSRの話をする時間はなくなってしまう。だから、私は発想を変えて、逆にしています。数値の話はなるべく効率的に聞くようにして、数値以外の話を重点的に聞くようにしています。

そういった企業調査プロセスの中で、アニュアルレポートや統合レポートはどのように活用されていますか?

私の場合、投資先のフォロー調査のときだけでなく、まだカバーしていない企業の情報を知りたいときにも活用しています。例えば、3カ月おきに気になる銘柄を100社くらいリストアップして、各社のホームページを見ていくという作業をするんですね。その中でホームページにアニュアルレポートが掲載されていれば、読むといった感じで活用しています。
カバーしていない企業のレポートを読む場合、まずは経営者のメッセージと、ビジネスに関しての説明がきちんと書かれているレポートが有益だと考えています。数値の話は、どれだけリッチに書かれても、有価証券報告書や決算短信などとそんなに変わらない。だから、定性情報、非財務情報の部分が大事です。中でも、私の場合はCSR的な情報が目にとまる。有価証券報告書などには無い情報ですから。で、「何でCSRとしてこんな活動をやっているのかな?」と考えて、それが事業活動とつながったときに、会社が大切にしていることが見えてきて「なるほどな」と納得することがよくあります。そのようにして会社の考え方が見えてくると、一つ一つの事業戦略の意味がわかるようになるので将来予測がしやすくなります。

清水 裕さん
印象に残っているレポートがあれば教えてください。

最近でいうと、ポーラ・オルビス ホールディングスが印象に残っていますね。文章自体が分かりやすいし、デザイン的にも見やすかったです。また、ポイント解説みたいな感じで、社長や担当役員が話しているところがあったりで、よく工夫されていると思いました。

今後、統合報告に期待することは?

昨年IRミーティングを行った企業の中で、「統合レポートやアニュアルレポート、CSRレポートを見たな」という記憶がある企業は3割程度でした。それを時価総額別に見ると、1兆円以上なら9割で見た記憶がある。5,000億円以上1兆円未満は4割、1,000億円から5,000億円は2割、というようにレポートを発行している割合が企業規模とキレイに関連していました。何がいいたいかというと、こういう投資家向けのレポートに関する議論というのは、時価総額が相当大きいような、限られた一部の企業だけの話になっている可能性があるということです。「統合報告」についてはIIRCのフレームワークがありますが、大企業以外にとっては、フレームワークがハードルになって統合報告が広まらないことになるかもしれないと懸念しています。
「統合報告」の求める「使命やビジョンを示せ」という考えはいいことだと思っています。でも、それは必ずしもIIRCのフレームワークに準拠しなくてもいい話。「何を目指しているのか」ということがちゃんと書かれていて、そのときに「お金がインプットされて、お金がアウトプットされました」という単純なことではなくて、もうちょっと幅広く、自然資本や社会資本や人的資本などに言及して伝える。そういうレポートであれば、十分「統合報告」といえると思います。なので、難しく考えるのではなく、もっと多くの企業が自社のブランド価値を向上させるために「統合報告」に取り組んで、自分たちの良い部分を世界にアピールしていってほしいと考えています。

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