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対話を通じて社会に貢献できる投資家に

統合レポート/アニュアルレポートはどのように活用されているのか?またどのように作成すべきなのか?こちらでは、実際に投資の世界で活躍されている方や、コーポレートレポーティング(企業報告)に関する有識者などに意見を伺い、その内容をご紹介していきます。
第5回は、前回に引き続き株式会社りそな銀行の松原稔さんにお話を伺いました。投資家との対話や統合レポートに対する考え方などについても言及していただいています。

松原 稔さん
松原 稔 マツバラ ミノル

株式会社りそな銀行
信託財産運用部企画・モニタリンググループ グループリーダー
1991年、りそな銀行(当時、大和銀行)に入行、年金信託運用部配属。以降、投資開発室、公的資金運用部、年金信託運用部、信託財産運用部、運用統括部で運用管理、企画を担当。2009年4月より現職。入行以来、一貫して資産運用業務に携わる。

前回お話しいただいた「ESG」について、アセットオーナー側の関心も高いのでしょうか?

はっきりとはいえませんが、まだ関心は高いというレベルではないと思います。例えば、今般の日本版スチュワードシップ・コードの署名機関は、圧倒的にアセットマネージャーが多く、アセットオーナーはまだ少数派に留まっています。
ESGという言葉が出てきたとき、本来の意味はともかく、どうしても社会貢献的な意味合いが強かったんですね。SRIファンドでも、そうです。単に「社会貢献のための投資」ということになると、アセットオーナー側の関心もなかなか高まらない。だから、社会貢献がESGに対応していく主な目的ではなくて、結果的に企業の価値創造につながって、リターンとしてお客さまであるアセットオーナーに提供することが目的なんだ、ということを伝える努力をしていかなければならないと感じています。

松原 稔さん
では、アセットオーナー側の関心を高めていくうえでの課題は?

「目的」、言い換えれば「資産運用のフィロソフィー」を伝えることはできますが、その論拠となる「成果」を示すことが難しいということです。これは前回もお話ししたことです。また、論拠を示すとしても、「こういう取り組みが成果につながる」というパスを示すのはいずれにしても難しいでしょう。業種ごと、企業ごとに違うはずですから。例えば、石油や自動車産業であれば「環境」面、食品や医薬品産業であれば「社会」面が成果につながりやすいことが想像できます。すべての企業を画一的にマトリックス化して、「これはこうですよ」といいにくい。これがESGの難しいところであるとともに、チャレンジングなところ。では、どうするのか。結局のところ、すぐには答えが出るものではなく、根気よく取り組んでいかなくてはならないものだと考えています。

確かに、10年後、20年後先に成果が分かるものかもしれないですね。

私たちがお示しできる成果というのは、そういうものだと思います。資産運用のフィロソフィーがあって、それに基づいてESGにしっかりと対応して、長期の運用をしてきた結果、「中長期的にこれだけのリターンをお客さまに提供できました」というのが、事後的に分かるものじゃないかと。
ただ、そのためには成果につなげる実力を私たちが身に付けなければなりません。「相手がどうか」ではなく、まずは私たち自身が実力をつけて、それをお客様であるアセットオーナーにきちんとリターンとして提供していくことが重要です。日本版スチュワードシップ・コードの第7原則にも、はっきりと「機関投資家は実力を備えるべきだ」と書かれています。これは非常に大切なメッセージだと私は受け止めています。
そういうことを繰り返し続けていけば、「ESGへの対応」が、アセットオーナーがアセットマネージャーを選定するときの重要な基準のひとつになる可能性は十分にあると考えています。

松原 稔さん
そのような中で、アニュアルレポート、統合レポートをどのように役立てるべきだと思っていますか?

先ほど「実力」と一言でいいましたが、先ほどお話しした第7原則では、「投資先企業やその事業環境に関する深い理解に基づき、当該企業との対話やスチュワードシップ活動に伴う判断を適切に行うための実力」と記載されています。ここでいう「投資先企業やその事業環境に関する深い理解」の基盤となるのが、アニュアルレポート、統合レポートではないかと考えています。
投資家と投資先企業との「建設的な対話」、すなわち、「企業価値の向上に資する対話」を促進するための車の両輪が、日本版スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードであるといわれていますが、アニュアルレポートや統合レポートなどのコーポレートレポーティングは、そのシャフトの役割を果たすのではないでしょうか。

では、アニュアルレポートや統合レポートに求めるのはどのようなこと?

「深い理解」というのは、何も詳細な情報を知ることではありません。企業の「メッセージ」を「ストーリー」として理解することの方がより重要だと思います。5年後、10年後、20年後といった中長期にわたる企業の価値創造が大事になってくると、例えば目先の細かな財務数値に基づいて議論するのではなくて、経営者の生の声を確認し、企業が何を目指しているのかを理解しなければならないはずです。そうでなければ、「建設的な対話」にはなりません。
どのような理念、目標があって、その実現のためにどのような計画があって、そのためにどのような資本を使って、どのような施策を遂行しているのか、さらに、それらをどのような仕組みでガバナンスしているのか、こういった一連の事柄を「ストーリー」としてまとめあげ、それによって企業としての「メッセージ」、いうなれば経営者のパッションや志を伝える。そういうことを、アニュアルレポートや統合レポートには期待したいですね。

松原 稔さん
ただの資料集ではなく、メッセージブックとして作ることが大事ということなのでしょうね。

その通りです。もちろん、どちらも大事で、数値の裏付けも必要です。これまでの実績を表現したものですし、数値なくして定性だけで語るのもなかなか難しいですから。
ただ、以前は数値に偏りがちでした。前回お話しした通り、私自身も「企業」ではなく「市場」を見ていたことから、どうしてもデジタルの世界に入りやすかったんですね。また、社会からも「より広く」企業を知ることが求められていました。しかし、真の経済活動というのは、デジタルの世界ではありません。フェイストゥーフェイスの世界であり、だからこそ、「メッセージ」が大事になってくる。そして「メッセージ」を理解するということは、「より深く」企業を知るということ。これが、いま社会が投資家に求めていることでもあり、私たちはその期待にきちんと応えることのできる投資家でありたいと願っています。

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