OPINION

「触媒」としての役割を果たす投資家に

統合レポート/アニュアルレポートはどのように活用されているのか?またどのように作成すべきなのか?こちらでは、実際に投資の世界で活躍されている方や、コーポレートレポーティング(企業報告)に関する有識者などに意見を伺い、その内容をご紹介していきます。
第4回は、株式会社りそな銀行で長年にわたり資産運用業務に携われてきた松原稔さんにお話を伺いました。

松原 稔さん
松原 稔 マツバラ ミノル

株式会社りそな銀行
信託財産運用部企画・モニタリンググループ グループリーダー
1991年、りそな銀行(当時、大和銀行)に入行、年金信託運用部配属。以降、投資開発室、公的資金運用部、年金信託運用部、信託財産運用部、運用統括部で運用管理、企画を担当。2009年4月より現職。入行以来、一貫して資産運用業務に携わる。

四半世紀にわたり資産運用業務に従事

これまでの経歴について、簡単にお話しください。

今から24年前、およそ四半世紀前になりますね。当時の大和銀行に入社しました。年金信託運用部門へ配属されてから現在に至るまで一貫して資産運用業務に従事しています。銀行員でありながらそういうキャリアの人は少ないかもしれません。
その中で、日経平均の最高値が1989年の約3万9千円で、1991年にバブルが崩壊しましたので、残念ながら、株式市場がほぼ右肩下がりの状況しか経験してきませんでした。「失われた25年」といわれる期間を私は歩んできたことになります。

松原 稔さん
この2年間だけをみれば、日経平均は2倍近くになりました。
この変化をどのように捉えていますか?

「失われた」といいますが、当然ながら、この間も「日本企業の価値創造」そのものがなかったわけではありません。しかし、企業価値を表現する重要な指標のひとつである「株価」は下がり続けた。いうなれば、企業の価値創造と株価との間に大きな隔たりがあったわけです。自分自身の業務に照らしてみれば、「企業の価値創造」と「お客さまであるアセットオーナーへのリターン」というものの間に大きな乖離がある状態が続いてきたといえます。
それがひょっとすると、風向きが変わったのではないかと。もちろん、「すでにバブルの状態にある」という意見があるのも承知しています。しかし、現在の株価がもし実態に近いものを反映しているのであれば、「企業の価値創造」とそれに伴う「お客さまへのリターン」という2つの課題を解決する時代が到来したといえるのではないかと思っています。

そのような時代の中にあって、ご自身を含め、資産運用業務に携わる方々の役割についてお聞かせください。

私たちは、投資先である発行体企業と、お客さまであるアセットオーナーとの間に位置する存在です。つまり、「企業の価値創造」と「お客さまへのリターン」とをつないでいる。ただし、単につなぐだけではなく、「触媒」としての役割を果たすべきだと思っています。「触媒」とは「化学反応の反応速度を速める物質」のことですから、簡単にいってしまえば、付加価値をつけるということ。「企業の価値創造」と「お客さまへのリターン」とをしっかりとつなげながら、それぞれを高めていくような存在でなければならないということです。

逆にいえば、そのような存在ではなかったということ?

例えば、私自身の話になってしまいますが、入社当初見ていたのは、「企業」ではなく、「市場」でした。株式市場、債券市場・・・いわゆる市場とつくものに私たちの主戦場はあった。関心を向けていたのは、市場が評価した「株価」であって、企業が有する「価値」ではなかったんですね。「企業の価値創造」というものに対する意識は乏しく、先ほど申し上げた「触媒」という以前の問題だったと思います。

松原 稔さん
そこから現在のような考えに至ったきっかけというのはあるのでしょうか。

「企業の価値創造」というキーワードに対して、世の中的な気運が高まっているということも当然ながらあります。ただ、私にとっては2003年の「りそなショック」が大きかった。多額の公的資金の注入により、企業として存続することができ、さらに10年以上もの歳月を経て、完済する目途がつきました。そこで私自身気付いたことがあったんです。
「公的資金」。それは、社会からのご支援にほかなりません。さらに、さまざまな人たちに支えられて、完済できる道筋をつけさせていただいたと思っています。そして、気付いたことというのは、「企業の価値」は、その企業自身だけで創造するものではなくて、社会の皆さまの力を借りながら創造するものなんだ、ということでした。
そう考えたとき、「企業の価値創造」というものに広がりや奥行きを感じ、関心を寄せるようになりました。私は、企業価値を創造するために重要なことは、いかにステークホルダーに力を貸してもらえるかではないかと考えています。そのためには、ステークホルダーの期待に応える必要があり、それこそが「企業の価値創造」の原動力になると思っています。

では、ご自身としてどのような取り組みをされているのですか?

現在、私は実際に資産運用をしている立場ではありません。資産運用業務というビジネスの企画が主な業務となります。最近であれば、日本版スチュワードシップ・コードの導入を受けて、私たちが運用業務をする際に何を心がけていくのかという方向性を示すことに携わりました。その際に、常に頭の中にあったのは、「受託者責任」と「責任投資」という、2つの「責任」という言葉でした。言い換えれば、「お客さまに対する責任」と「企業への投資に対する責任」ということができます。
この2つを念頭に資産運用業務等に係る行動規範を作り上げ、「企業価値の向上と受益者の中長期的なリターンの拡大を図ること」を方針として掲げました。これは始めにお話しした「触媒」としての役割を明確に表したものとなっています。
また、ステークホルダーの期待に応えることが「企業の価値創造」の原動力であるというお話をしましたが、その鍵となるのがESGであると私たちは考えており、それにしっかり対応していくことを具体的施策のひとつに挙げています。

松原 稔さん
どのようにしてESGと「企業の価値創造」とをつなぐのでしょうか?

「前回スパークス・アセット・マネジメント株式会社の清水さんもおっしゃっていましたが、実際のところ難しい面があると思います。ESGは、なかなか数値に表わせませんから。だから、模索している段階ではあります。しかし、「分からないからやらない」ではなくて、「分かろうとする」ことが大事ではないでしょうか。
ESGという言葉は、環境・社会・ガバナンスの略になっていますが、実はそうではなくて、「ステークホルダー経営」、つまり「ステークホルダーの期待に応える経営」を実践するための取り組みのことであると考えています。その具体例として、主に環境・社会・ガバナンスが挙げられるということです。
ESGと企業の価値創造をつなぐということは、「ステークホルダーの期待に応える経営を実践するための取り組み」と「企業の価値創造」をつなぐということ。これまでお話しさせていただきましたように、そのつながりは確かにあると私たちは考えています。だからこそ、「分かろうとする」努力を続けていきますし、その姿勢を対外的に明確に示したのです。これがまさに私たちが「触媒」としての役割を果たすための重要な取り組みになると考えています。そういう想いから、しっかりとESGに対応させていただいているというのが、いまの私たちの姿です。

本日はありがとうございました。引き続き次回もよろしくお願いいたします。